今週のお題「好きな小説」
久坂部洋の小説にハマってしまい、「無痛」に引き続き「第五番」も読んでしまいました。
▶︎無痛:久坂部羊 「土地勘のある小説を読んでみた、その1」 - 43号線を西へ東へ
読書メモを書き残しておきます。
タイトル「第五番」とは
前作『無痛』の続編で登場人物たちが5-6年後に新たな事件に巻き込まれるという設定になっています。主人公の為頼は前作の後、ウィーンに移住して、在住日本人担当医師として勤務します。
作品の舞台はウィーン、神戸、東京と3拠点になりました。
「第五番」は2つの意味があります。
ウィーンといえばベートーヴェン、タイトルはベートーヴェンの交響曲第5番「運命」を掛けています。
また、作品の中で描かれる「新型カポジ肉腫」という新しい疫病が、第5の疫病という位置づけになっています(ややネタバレ)。
あらすじ
「第五番」は長編小説で、前作からの引き継がれたストーリーと、あらたな登場人物やパンデミックの発生などが、交互に進んでいくストーリーです。スピード感があっておもしろい反面、ややこしいかもしれません。
「第五番」のあらすじを3つの主要ポイントにまとめておきましょう。
1.新型カポジ肉腫の発生と蔓延
日本で「新型カポジ肉腫」という未知の疫病が発生します。この病気は極めて致死率が高く、既存の薬が全く効きません。数カ月のうちに日本列島で患者が同時多発的に発生し、国も医療界も有効な対策を打ち出せず、人々は恐怖に陥ります。
そんな中、WHOから治療法の提案の連絡が届くが、果たしてその効果は?
そして、どうしてこの病気が起こったのか?
謎が深まる中、「新型カポジ肉腫」研究の第一人者の指に黒いイボのような肉腫が!
2. 為頼のウィーンでの活動
一方、天才医師の為頼は亡き妻が亡くなる前に過ごしたウィーンにいました。ベートーヴェン、ペストとの戦いの地、ウィーンです。
そこで、前作『無痛』に登場した南サトミと再会し、様々な事件に巻き込まれていきます。
また為頼がWHOの関連組織「メディカーサ」から陰謀めいた勧誘を受けます。メデイカーサの持つ高度な医学技術に驚きながらも、マッチポンプ的なムーブには反対の意志を告げたことから、刺客を送られる羽目に。
3. 無痛症イバラをまつわる黒い影
前作で逮捕されたイバラは、刑期を終えて出所しています。清掃会社ではたらいて社会復帰しているところに、怪しい画家が関わってきます。日本の医者の守銭奴で患者を顧みない部分を曲解して力説し真面目なイバラ君を翻弄します。
そんな中、救急受け入れ拒否した病院の医師や、医師会の理事、週刊誌報道された開業医が相次いで通り魔に惨殺されます。はたして犯人は誰なのか?
イバラにも前作で犯人の印とされていた眉間のしわ(犯因症)がだんだん増えてきて、為頼と菜見子にピンチが訪れます。
登場人物
『第五番』の主な登場人物をピックアップしました。
主要人物
為頼英介:天才医師。外見を見るだけで病気の症状や予後、そして「犯因症」の兆候を見分けられる特殊な能力を持つ。
南サトミ:前作から引き続き登場。前作のような自閉症症状はなくなり、ウィーンで為頼と再会する。
イバラ:先天性無痛症で無毛症、尖頭症の青年。前作から引き続き登場。
新登場人物
菅井憲弘:創陵大学皮膚科の准教授。新型カポジ肉腫の患者を診察し、第一人者となる。
三岸薫:美貌の新進画家。イバラの芸術家としての才能を見抜き弟子にする。
犬伏利夫:フリージャーナリスト。本作における刑法39条の番人。
その他の登場人物
白神陽児:前作で海外へ逃亡した医師。為頼と同様に「犯因症」が見える能力を持つ。
メディカーサのメンバー:WHOの関連組織として登場する謎の集団。(精神科医師フェへール、医学史博物館館長ヘブラ)
笹山靖史:画廊のオーナー
北井光子:三岸の弟子
これらの登場人物が、日本とウィーンを舞台に、新型カポジ肉腫の蔓延と、その背後にある陰謀に巻き込まれていく物語が展開されます。
作品で出てきた地名やランドマーク(神戸市)
前作に比べると、舞台が東京とウィーンにも広がったので、神戸の描写は少なくなりました。
新神戸駅
東京も舞台となった本作品、新幹線の玄関口新神戸駅が数回描写されます。
どんより曇った空が、新神戸駅の背後の布引山に深い陰影を与えている。 イバラは、駅に続く歩行者通路を規則正しく歩いていた。地下鉄の改札から、新神戸駅の二階コンコースまで、四百四十二歩。新幹線の到着時刻の五分前きっかりに、改札出口に着くはずだった。
https://maps.app.goo.gl/r8QjhsRms9EgeQQC6
南京町
神戸の中華街が前作に引き続き登場。前作では南京町入り口で為頼と高島菜見子が出会う。
後半では、愛城飯店でイバラが三岸に紹介される。愛城飯店という店は存在しないので、長城飯店がモデルか?
https://maps.app.goo.gl/YbYeMgDEfLGU2cRU9
阪急六甲駅構内の喫茶店
フリーライター犬伏が菜見子にインタビューした場所。改札を出た左手、ブックファースト前のフレッズカフェ。
https://maps.app.goo.gl/eChq4Rfida5mrDYT6
JR西宮と阪急西宮北口
フリージャーナリスト犬伏の最寄駅です。実はJRの方が近いのに、見栄を張って阪急から歩く。神戸エリアのあるあるです。
犬伏のマンションは、兵庫県西宮市のJR西宮駅寄りにあったが、彼が向かったのは阪急西宮北口駅のほうだった。阪神間に住むスノッブの見栄で、自分は阪急沿線の住人だと思いたい。大阪と神戸をつなぐ鉄道は三本あり、阪神よりJR、JRより阪急と、住む沿線でステータスがちがう。虚栄心の強い犬伏は、距離の不便さよりステータスを重視していた。
不夜城の阪急西宮ガーデンズを右手に見て、津門川(つとがわ)沿いの道を南へ進む。JRの線路に近づくに従い、人通りは消え、街灯も減り、草むらや板塀の家などが目につく。
https://maps.app.goo.gl/YkaYFXK5Uox3wrEV8
感想
前作に引き続き刑法第39条の「心神喪失者の責任免除」が取り上げられています。「無痛」では刑事が刑法39条の葛藤を語る役回りでしたが、今回はフリーのジャーナリストが、その役を担いました。
今作ではそれに加えてパンデミックとWHOの関係性の陰謀論めいた話題もストーリーにはいり、大変盛りだくさんなストーリーになっています。ボリュームの割にはスピード感のある展開がつづくため、飽きることなく完読できました。
残酷な殺害シーンは大変恐怖を覚える描写でした。ただ前作の方が際立って異常なシチュエーションなシーンがあったため、軍配は前作「無痛」に上がります。もちろん本作の殺害シーンも十分怖かったです。もちろん斜め読みしました。
それ以上に恐怖を覚えたのは、新型カポジ肉腫が全身に転移していくシーンでした。脳に肉腫が転移して意識が朦朧としていく様の描写は一見の価値ありです。
医師である作者は一般の人よりも死に近いところにいて、数多くの死にゆく様を見届けたのでしょう。怖さの向こうに、作者の立ち位置を想像させる描写でした。
あと久坂部洋作品は、何作か読みたいですね。