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アウトプットのサンドボックスです

書くことは記録であり、整理であり、創造です

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今週のお題「2024年にやりたいこと」を記載しておきます。

やりたいこと、それは書き続けること。

書くことは記録であり、整理であり、創造だ

ふと思いついたことを書き残す。時間が経過してから見返して、立ち位置を変えて眺めてみて、書くためにもう一回深く考える。そして悩みながら文を繋げていくうちに何か新しいものが生まれていく。

勘違いしてはいけないことがある。創造とはそんなに優しいものではない。「新しいもの」と自分で思っているもののほとんどは、残念ながら誰かが到達しているもので、本来、それを創造とは言わない。

しかし、自分中で新しいものを作り続けていくことは、決して意味のないものではない。続けた先には今の自分にはわからない何かがあるはずだから。

以下、書くことにフォーカスして考えてみる。書くことが意識にもたらす変化みたいなものについて書く。

書こうと思って世界を見ると認知機能が高まる

書くことによって記録するという行為は、自分の認知の枠組みで捉えたものを書き起こす、ということ。

書く前提で見る世界と、何もアクションを起こす予定がない状態で見る世界は異なる。「すべらない話」の芸人さんの周りにだけ、面白い世界が広がっているのではない。面白い話を見つけるフィルターを彼らは持っているのだろう。

何かを書く意識を持って世の中を眺めると、自分の認知フィルターが発動して、その網目に残ったものが言葉や文になる。

書き起こしの出来は、自分の国語力に左右される

自分のフィルターで濾された身の回りの出来事を書き表した文は、自分の表現力の範囲内で言語化される。

自分が知っている言葉で世界が記録され、知らない言葉では記録できない。

知っている、知らないというのは、少し難しい くて抽象度が高い単語のことだけではなく、平易な言葉を繋げて文として表現力を増やす方法も含まれる。

振り返ることで脳内の認知フィルターと変換エンジン(IME)をチェックする

書き出した言葉や文を眺めることは、二つの役割がある。一つ目は自分の認知のフィルターの性能を確認することである。二つ目は自分の考えを言語化する頭の中の変換エンジンのようなものの性能をチェックすることである。

  1. 自分はどう感じているか→認知フィルターの性能
  2. どんな表現で書き残すか→変換エンジンと辞書の性能(頭のIME

書くことによってこれらの確認ができる。

検査項目をリストアップすると評価判定しやすい

この半年で、それら「フィルター」と頭の中の言葉の「変換機能(IME的なもの)」の存在を明確に意識できたのは、大きな転換点となった。

認知のフォルターをかなり意識するようになった。自分はどこを見ているのか、どのように見ているのか?など。メタ認知的なところはもっと広げていきたい。

脳内の言葉の変換機能の機能向上は、向上したのがよくわからないところなので、進捗を追ってみていきたい。

何度も書いている「書いててよかった」ばなしである。


最後までお読みいただきありがとうございます。

皆さんは、書きながら何を考えていますか?書くために何か努力していることはありますか?

過去の書いててよかったばなし

過去記事にも書いててよかったネタが数多くあります。振り返りすぎかもしれない。